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Silent Light

Silent Light

Dominic Miller - What You Didn't Say - Live Paris - 14/04/2017
Dominic Miller & Band. "Fields of Gold"

■ Musicians ■

Dominic Miller(ドミニク・ミラー):G,Ba/Tracks(7)
■ Miles Bould(マイルス・ボウルド):Per/Tracks(1,3-5),Ds/Tracks(7)

・Recording - Rainbow Studio(Oslo) Mar.2016
・Producer - Manfred Eicher
・Engineer – Jan Erik Kongshaug
・Design – Sascha Kleis
・Liner Notes [English] – Dominic Miller, Paul Simon, Sting
・Photographer - Steven Haberland

■ Songs ■

01. What You Didn't Say(5:41)
02. Urban Waltz(2:53)
03. Water(5:23)
04. Baden(3:26)
05. En Passant(3:46)
06. Angel(2:55)
07. Chaos Theory(3:53)
08. Fields Of Gold(2:10)
09. Tisane(3:19)
10. Valium(4:21)
11. Le Pont(2:29)

Written By:Dominic Miller
Except:Tracks:8(Gordon Matthew Sumner)

■ Release ■

■ Release Date:4.7.2017
■ Rabel:ECM Records(Ger),Eu
■ Number:ECM 2518,572 8484
■ CD,Album
-------------------------------------
■ Release Date:4.12.2017
■ Rabel:ECM Records(Ger),Universal Music LLC(Japan)
■ Number:UCCE-1168,ECM 2518,572 8484
■ CD,Album
-------------------------------------
■ Release Date:4.7.2017
■ Rabel:ECM Records(Ger)-Bra
■ Number:ECM 2518,060255728484
■ CD,Album
-------------------------------------
■ Release Date:2017
■ Rabel:Records(Ger),Universal Music Distribution(US)
■ Number:ECM 2518,B0026373-02
■ CD,Album
-------------------------------------
■ Release Date:4.7.2017
■ Rabel:ECM Records(Ger)
■ Number:ECM 2518,573 9975
■ LP,Album,180g

■ Comentary ■

ECMへの移籍

さあ、2017年リリースのドミニクのECM移籍後の1枚目のソロアルバム『Silent Light』です。この作品はドミニクが初めて自分のソロ作品をセルフプロデュースではなく、他人による全面的なプロデュースによって制作したアルバムです。

まずやはりこのドミニクの移籍は世界的にも結構な驚きだったのではないでしょうか。というか、ドミニク本人も驚いたようです。私は最初、この移籍はドミニク方からECMの方に頑張って交渉したものだと思っていたのですが、違いました。

この移籍のきっかけは2015年8月、ドミニクが既にバカンスに入っていた時に、ECM側から「マンフレート・アイヒャー(ECMレーベルの創設者兼オーナー兼プロデューサー)がドミニクに会いたいと言ってる」と言ってきたので、慌ててバカンスを切り上げてECMのあるミュンヘンに行った事が始まりのようです。

ドミニクはその時の事を「驚いた。もちろん自分はアイヒャーは知っていたけど、まさか向こうが自分のことを把握しているとは思わなかった」と述べています。

まあ、私も最初は少し驚きはしたんですが、その後よく考えたらこの移籍に関してはかなり納得をしました。やはりドミニクの音楽の空間を重視する音楽性、彼が影響を受けてきた南米のフォークロアと言った要素はアイヒャーの興味を引くには十分な理由じゃないかな、と思いました。というより、はっきり言えばドミニク・ミラーという音楽家の中にはもう世界中のあらゆる音楽の要素が詰まっている、と考えていいので、アイヒャーのような人にしたらドミニクは「とても面白そうな人物」と映って当然だと思いました。

それはこのECMの、マンフレート・アイヒャーという人物自身が、ちょっと普通の人では思いつかないような意外性のあるミュージシャンを組み合わせて作品を作ったりしてきた人であり、実際に現在ECMレーベルに所属するアーティストも本当にさまざまなジャンルにわたっているからです。

実際に、2014年11月にECMからリリースされたヒリアード・アンサンブルのテノール歌手、ジョン・ポッター「Amores Pasados」というアルバムに、スティングが参加しています。このアルバムには他にも私の大好きなレッド・ツェッペリンのベーシスト、ジョン・ポール・ジョーンズやジェネシスのキーボーディスト、トニー・バンクスも参加しています。JAZZレーベルでありながら、このミュージシャン選択の柔軟性には驚くとしか言いようがありません。そしてこの時にスティングを起用しているわけですから、その時点でECMがドミニクの事を把握していても全く不思議ではないでしょう。

ECMというJAZZレーベルは「沈黙の次に美しい音」というコンセプトを掲げるだけあって、本当に美しい音で録音をするレーベルです。それはもう特徴的なリバーブのかかった音ですが、それは基本的に「ヨーロッパの教会で音楽を聴いている」イメージで作っているそうです。そして、レーベルが市場として狙っているのは「ヨーロッパに住むクラシック音楽を普段聴いている人」で、その人たちにもっとJAZZを聴かせたい、というコンセプトがあるそうです。

このアイヒャーの「狙い」は本当に的確ですね。だってヨーロッパではないけど、私のように日本でクラシックにずっと親しんできた人がやはりECMの作品を愛聴しているわけですから。私のような人間にはJAZZといってもアメリカのものよりもヨーロッパのものに惹かれますが、それはやはりクラシックの影響がヨーロッパの方がより顕著だからでしょう。そして、ヨーロッパ以外ではマンフレート・アイヒャーは日本はマーケットとして非常に重要視しているそうです。この事は2023年4月に私は日本のECMマネジャーである、稲岡邦彌(Kenny INAOKA)さんから聞いた話なので本当です。

とにかくこういったレーベル自身の音楽哲学だけとっても、ECMはドミニク・ミラーという音楽家には世界で最も「相性のいい」レーベルだと私は思っていますし、ドミニクの美しい音や、彼が非常に大切にしてきた音楽においての空間や間に関する考え方を、最大限に活かして魅力を引き出してくれるのは、ECMしかないと現在も思っています。だからこの彼の移籍は本当に嬉しかったです。

非常に前置きが長くなりました。ECMのやり方やこのアルバム制作時の背景については、ドミニクが語ったドイツでのインタビューがあります。それは別に投稿してありますので、ぜひ読んでください。(Crick)

録音と当初の計画

作品の話に戻ります。

この作品は、2016年3月にECMのメインスタジオである、オスロのレインボー・スタジオでわずか2日間で録音されました。この録音にかけられる日数の少なさに、ドミニクのマネージャーも驚いてドミニクに「大丈夫か?」と念を押して確認したみたいですね。
しかしこの録音時間の短さも、ECMレーベル特有のやり方です。ですからこれは別にドミニクだけがそうなのではありません。それには色んな要因があるようですが、コスト的にもそれ以上かけるとペイしない、という事情もあるようです。ですからECMの看板アーティストであったパット・メセニーがECMを去ったのも、自分がやりたい事をその短い録音期間では実現できない、という事が原因の一つだったようです。

ただこれは私の個人的な意見ですが、ドミニクが大事にしたい音楽性を考えた時、短い時間の中で集中して、音楽の瞬発力とその時の演奏を出来るだけそのまま活かすこのやり方は彼には合っているように感じます。彼の音楽はあまり作り込みすぎない方がいいように感じるからです。ドミニクの音楽は緻密に計画通りにきちんきちんと作り込みすぎない方が彼の音楽の純粋な本質的な要素がそのまま残るような気がします。

しかしまあ、その短い録音期間の中で行われたこのECMの独特の音は、もちろん人によって好き嫌いはあるでしょう。ですがドミニクの生音をこれだけそのまま美しく録音してくれるのは、ファンとしては本当に嬉しい限りです。
ただ実は録音時にちょっとしたトラブルがありました。ドミニクが先にオスロに送っておいたギターが税関のトラブルの為にスタジオに届かなかったんです。その話と、あとECMの優秀なエンジニア達の事については、また後日投稿します。

最初、このアルバムは全く別のコンセプトで進んでいましたが、ドミニクが揃えたいと考えていたメンバーがどうしても日程的に調整がつかなかった為、思い切ってそのアイデアを変更してソロでやる事に決めたそうです。

この最初の構想は、ドミニク自身が書いたライナーノーツによると「大きな影響を受けて来た2 枚のECM アルバム、エグベルト・ジスモンチ『Solo』と、パット・メセニー『Offramp』を取り上げ、それらのアルバムが交差するところに位置するようなアルバム」だったそうです。だから初めはこの作品とは全く違う事を計画していたって事ですね。そしてライナーでドミニクがこのアルバム録音直前に亡くなった、と話しているナナ・ヴァスコンセロスというブラジルのパーカッショニストがメセニーとジスモンチの「共通項」になります。

まずドミニクにとってパット・メセニーという人はギター・ヒーローの代表の一人でしょう。
ライナーノーツには、”メセニーの『Offramp』”とありますが、これは正確には1982年のパット・メセニー・グループの作品です。この作品は数々の賞を総なめにし、当時の音楽界に新しい風を吹き込んだ彼らの代表作ですね。この『Offramp』については日本でも私よりもずっと詳しい方は沢山いらっしゃると思うので、あまり詳しくは述べません。というより、申し訳ないのですが私はあまりパット・メセニーに詳しいとは言えないので、ドミニクの音楽に具体的にどのようにメセニーの影響が出ているか、などを私はちゃんと指摘できないんです。

私は初期のECM時代のパット・メセニー・グループは好きです。厳密には『First Circle』(1984)くらいまで。しかし私はパット・メセニーのギターソロ名義の作品は数枚しか聞いていないんです。理由は実は私はメセニーのギターの音、特にギター・シンセの音が少し苦手です。私はどちらかというとあのグループの「頭脳」である、ピアノの故ライル・メイズが好きでした。でも、これからはもう少し勉強したほうがいいと思うので、メセニーの演奏もじっくり聴いてみようと思います。幸い、メセニーは来年早々、凄い回数の公演を日本で行うので、見に行ってきます。

一方のジスモンチですが、日本では相当音楽好きかECMファンなら知ってるでしょうが、そうでなければあまり一般的ではないかもしれないですね。でも彼は正真正銘の「天才」でしょう。ギターとピアノの両方があそこまで演奏できて、なおかつ作曲家としてもあれほど才能と幅広い音楽性があるんですから、完全に「天才」だとしか言えないです。もしここを読んでいてジスモンチ知らないよって人がいたらとにかくまず聴いてみてほしいです。凄いです。ジスモンチはブラジルの人ですからブラジル音楽の部分もあるし、だけどクラシックもヨーロッパでしっかり学んでいる人なので、それこそピアノソロではキース・ジャレットに通じる世界もあれば、シンセサイザー使った壮大なスケールのプログレ的な曲もあります。面白いのでお勧めします。

個人的にこの2者の音楽的な共通点として感じるのは「非常に生命感に溢れる音楽」という事でしょうか。また、この2人とドミニクとの共通性としては、「ブラジル的」な部分になるのかな、と思います。勿論メセニーにはアメリカ的なものやアコースティックな部分からもドミニクは影響を受けていると思いますが、しかしメセニーもブラジル音楽から影響を受けている。ジスモンチに関しては彼の特にブーランジェから学んだフランスのクラシック音楽の部分にドミニクは影響を受けているとは思いますが、3人の共通項は「ブラジル音楽」なのかもしれません。

この実現できなかった幻の構想、いつか聴いてみたい気がします。

曲について

結局ドミニクはとにかく自分だけで初心に立ち返って、自分自身の音楽のありのままの姿を純粋な形で正直に出そう、という思いでこのアルバムを制作したようです。しかし、ソロとは言え、音楽的な配慮から旧友である、マイルス・ボウルドがパーカッションで参加しています。

このアルバムの曲解説に関しては、ドミニク自身がライナー・ノーツで詳細に述べているので、それは下の『Dominic’s Commnets』をご覧ください。
しかし私の方で少しだけ曲の解説を付け加えます。この録音は日程が決まってからすぐに行われたようで、ドミニクは時間的にこのアルバム為に多くの曲を用意する事ができず、以前の彼の作品が多く収録されています。

まず1曲目の「What You Didn’t Say」から思わず息を呑むほどの美しさが静寂と間の中に感じられます。その録音時のスタジオの雰囲気、ドミニクの指遣い、息遣いまで感じられる。このアルバムの中にはドミニクのそれまでのソロアルバムに収録された曲が数曲あります。(Track 2、4、6、8、9)しかしどの曲も、別に昔の作品の録音が悪かったわけでは決してないのですが、比べて聴いてみるとこの作品でのECMの録音の音の美しさに圧倒されます。音のひとつひとつがちゃんと粒だっていて輝いて流れるように生きた音となっており、それによって曲に命が吹き込まれていると感じます。

実際の録音もライブ演奏そのままです。オーバーダブがしてあるのは「Chaos Theory」(Track 7)にドミニクのベースが入ってるだけです。

2曲目の「Urban Waltz」は『First Touch (20th Anniversary Edition)』のボーナストラックとして始めは収録されています。この曲についてはドミニクは「アントニオ・ラウロの流れを汲む私なりのヴェネズエラン・スタイルのワルツだ。」と語っています。この「アントニオ・ラウロのヴェネズエラ風・ワルツ」をドミニクがスティングを演奏している音源がYouTubeにあるので、是非聴いてみて下さい。私は結構この曲は好きです。「Baden」はドミニクが敬愛するバーデン・パウエルに捧げた曲で、アルバム『Third World』に、「Angel」は『5th House』に収録されていた曲です。

また、アルバム全体を通して1曲だけ他の人の作曲した作品が入っています。「Fields Of Gold」(トラック 8)です。改めて言うまでもなく、これはスティングの作った有名な作品です。 なぜ他の人の作品を 1 曲だけ含めたのでしょうか? なんで自分とスティングで作った「シェイプ・オブ・マイ・ハート」を収録しなかったのか?という質問にドミニクは次のように答えました。

「彼への感謝の気持ちを込めてレコーディングしたんだ。彼の曲で、とても気に入っているから。また、この曲は個人的な彼への隠れたメッセージであり、私の音楽的な旅の一部であるため、私のアルバムの物語によく合っている。」

アルバムコンセプト

ドミニクはアルバム制作にあたっては明確にコンセプトを決め、それにそって曲を書きます。その「コンセプト」さえ明確になれば、後は結構楽な作業だ、と言ってるくらいです。

このアルバムのコンセプトは、「音楽の中にある、音の存在しない空間の部分に対してリスナーが自分自身の想像力を膨らませ、積極的に作品世界に参加してきてほしい」という考えです。音の無い空間の中で、演奏者である自分と、リスナーとの間で双方向(インタラクティブ)のコミュニケーションを図りたい、という事ですね。

ドミニクはこのように語っていました。
「会話と会話の合間にあるふとした沈黙。その時の方がより雄弁に”真実”を語っている事がある。」 これを表現したのが1曲目の「What You Didn’t Say」(あなたが言わなかった事)です。

このコンセプトについては、ドミニクがメキシコの映画監督カルロス・レイダガスの映画『Silent Light』(2007)を見て大きな衝撃を受けた事がアルバムにに反映されています。ですからアルバムタイトルもこの映画から取られてます。この事をドミニクが語っているインタビューを引用しましょう。

「これはカルロス・レイガダスの長編映画の名前です。 彼は一種のデザイナーであり、空間に関する仕事をよく行っています。このアルバムのことを考えていたときにこの映画を見れたことが信じられない。セリフのないシーンもたくさんあります。 誰もが言いたいことがあって、フェイクニュースやナンセンスが溢れているこの時代に、誰かがそのような映画を作るなんて信じられない。 映画を見た時、トランプは名を上げていました。
真実とはしばしば現実には無であり、空虚である、そこに真実がある。私は光と静寂が好きです。芸術が好きだ。アートは私にインスピレーションを与えてくれる。セザンヌやモネ、その他の画家たちがそこを旅したのも不思議ではない。このアルバムも静寂の中で書いた。メロディーを見つける前にコンセプトが必要だった。それには時間がかかった。」

https://www.dw.com/de/dominic-miller-ich-kann-harmonisch-protestieren/a-38513240

音楽においての「空間の重要性」

音楽においての「空間の重要性」。これに関しては日本ではあまり言及される事は少ないですが、私は個人的にドミニクが1988年、彼の音楽キャリアのかなり初期の頃に出会った故マーク・ホリス(UKバンド:Talk Talkのリーダー)の影響は大きかったはずだと考えています。彼が参加したアルバム「Mark Hollis」は当時のロンドンの音楽シーンにおいては、かなり勇気のいる画期的な作品だったと思うので、この作品については後日このサイトで取り上げます。

この音楽においての「空間」のコンセプトと「色彩のコントラスト」という考え方は、今のドミニクの音楽にとっては非常に重要な点です。
また、私がドミニクがECMに移籍して本当に良かったな、と思うのは「録音の音の良さ」もありますが、この2つの彼が重要だと思っている部分を恐らく最も理解して活かしてくれるレーベルだと思うからです。

音楽の中の沈黙の空間によって演奏者と聴き手が双方向のコミュニケーションを成立させ、演奏者が多くを語らなくても、聴き手が想像や感情を喚起する事が可能な余地を多く残すこと。このドミニクの表現のコンセプトは、これはおそらくこれは私たち日本人が思っている以上に西洋文化圏の人にとっては勇気がいることだと思います。だからちょっと長くなりますが、何故これが「勇気のいる表現なのか」をこれから説明します。

ドミニクは2017年に日本に来た時、大阪のFMラジオに出演して次のような事を語っていました。

「演奏している時、日本は世界のどの国よりも、音のない時でもどんな小さな音でも音楽に耳を傾けてくれる国だと感じる。そういう国があると、自分がこういった沈黙や空間の多い音楽を”やってもいいんだ”」という気持ちになる」と。

まあ、これがもし本当にドミニクの実感だとしたら、私は非常にこれは日本文化と芸術の特性上、納得できる気がしたんです。だからこれに関して私はドイツにドミニクに会いに行った時に渡した手紙に「なぜ日本人はあなたの音楽をちゃんと聞こうとするのか」という文化的な理由を説明しました。

そして後日、私が受け取ったドミニクからのメッセージを読む限り、彼はその説明を理解し、日本的な「美学」に対しても理解してくれたようです

日本人の皆さんも、日本のデザインは結構シンプルで非常に空間を多く残したデザインの物が多いと気づいているのではないでしょうか?

まず、「多くを語らずとも聴き手にさまざまな想像や感情を呼び起こす為のスペースを残す」、というドミニクのコンセプトですが、これは日本の芸術表現に非常に色濃く残っている「余白の美」「不足の美」と呼ばれる概念にかなり近い。

まず、空間を作り出し、鑑賞者の想像の余地を残すという表現方法は、日本の芸術表現に深く根ざした方法です。この表現の概念は、日本人がほとんど無意識のうちに持っている感覚、DNAのように代々受け継がれてきたものとも言えます。日本は禅から派生した文化が無意識的に全てに反映されているといってもいいので、創作上の概念はここからスタートする事が多い。

簡単に言うと、伝統的な日本画には何も描かれていない「白い部分(余白)」が多く存在します。 これらの空白スペースは未完成だと言う事を意味していません。 この空白スペースによって、描かれたシーンの空間的な奥行きや雰囲気を強調させたり、全く描かれていない別のイメージを想起させる事を期待しています。実際には描かれていない多くの背景や情報を、この余白の部分を作ることによって、鑑賞する側に想像させ、その鑑賞者のイメージを加える事によって絵の全体像を完成させようとする狙いがあります。ですから日本画家は意図的にその為の空間と余白を残します。

また、日本人の「音楽を真剣に聴く」という行為は、日本人は子供の頃から「相手の話をよく聞きなさい。その上で自分の考えを述べなさい」と教育される事が大きいと思います。だから相手が何を言いたいのか、何を表現したいのか、何を考えているのかということをまず最初に理解しようとします。日本人は相手の立場をできるだけ尊重しようとする姿勢が基本的にある。そして、それは相手の「肌の色」がどうであろうと基本的に変わりません。

このような表現方法が可能なのは、日本が人口の85%以上が同じ民族である単一民族国家であり、建国以来数千年にわたって言語と文化が続いてきた文化的背景があるからです。従って、日本人同士なら、お互いに詳細な説明をしなくても共通認識を得ることは比較的容易です。

しかし西洋文化圏では、今述べたことは簡単ではありません。 なぜなら、同じ国でも文化的背景や言語が異なる人がたくさんいるので、詳しく具体的に説明しないと、自分の考えを相手に「正しく」伝えることは難しいからです。だから表現方法はどちらかと言うと加えていったり重ねていく方向性に向かいます。音楽だってクラシック音楽は基本重ねる表現方法ですし、西洋の絵画は基本的にキャンバスの隅々まで塗られるように表現されます。インテリアデザインにおいてはそれぞれのアイテムは日本人からはちょっと思いつきもしないような反対の要素を持つような物をたくさん配置しますが、全体としては調和のとれた構成としてまとめる。

逆に、日本人は様々な要素を取り入れ、それらを重ね合わせ、それらを一つのまとまりに統合するという西洋的なアプローチがとても苦手です。この「足し算」の方向への傾向は、日本人の思考にとって自然なものではありません。その結果、日本人はさまざまな芸術やデザインにおいてシンプルさを重視し、要素を最小限に抑える「引き算」の発想をする傾向があります。これは私が長年にわたって個人的に経験してきた実感です。

従って、基本的に「足し算」である西洋文化圏に属するドミニクが追求したい表現方法は、私たち日本人が思っている以上にずっと挑戦的で、アーティストとしては勇気を試されるものだと思います。

無音の空間を多く取りながら、最小限の音で様々な感情や表現を伝えることは、音楽や表現、コンセプトが明確で強いものでなければ非常に困難です。とても曲の構造やメロディが強くなければ難しい。 だからドミニクのこの音楽のコンセプトは非常に挑戦的な創作活動であり、多くの勇気と努力を必要とすると思います。 だからこそ私は彼を応援したいと思っています。

最後に、2017 年にドミニクが日本で受けた彼の音楽背景がわかりやすいインタビューがありますので、それを紹介いたします。
インタビュアーは「Jazz The New Chapter」でお馴染みの柳樂光隆さん(@Elis_ragiNa)さんです。

Dominic’s Comments

「What You Didn’t Say」:最初に作曲した曲だ。会話や音楽の中で、実際に音にならないことの方がより多くを耐えている、というものだ。そのような空間を私は追求したかった。
「Urban Waltz」:アントニオ・ラウロの流れを汲む私なりのヴェネズエラン・スタイルのワルツだ。
「Water」 :動きのあるベース・ラインとオスティナートから様々なヴァリエーションに広げてやってみようと言う試みだった。
「Baden」:私が最も大きな影響を受けたブラジル出身のギタリスト、バーデン・パウエルヘのトリビュートだ。
「En Passant」:(チェスの動きに因んで名づけられた曲)は、音にならないことを表現した2 曲目として、それぞれのコードがどこから来たものかについては曖昧さを残したかった。
「Angel」:これもやはり聴く人が穴埋めしていくことのできる空間を多く残そうとしている。
「Chaos Theory」:この曲では、ブラジルのパンドであるアジムスがやりそうな感じでビートで遊んでみた。
「Fields Of Gold」:時折ライヴで演奏するスティングの美しい曲なので、本作に収録するに相応しいと感じた。特にエヴァ・キャシディーのヴァージョンから得るものが大きかった。
「Tisane」:これはフォーク’‘ソング’’であり、ダウンビートの周辺により曖昧さが残る。私はディック・ゴーハンのようなケルト・フォークやバート・ヤンシュのオープン・チューニングに影響を受けてきた。
「Valium」:私なりのフォークっぽい鎖痛剤的な曲だ。
「Le Pont」: これは1900 年代初頭のフランス音楽(ドビュッシー、プーランク、サティ、そしてブラジルの作曲家でありながらも、私にとってはその音楽がパリっぽさを持っているヴィラ・ロボス)に影響を受けている。

■ Video ■

Dominic Miller – Water (from the album Silent Light) | ECM Records
Dominic about the track “Water”

3曲目『Water』のPVです。この曲は本当に素晴らしい。一応ドミニクが曲について語っている動画内で、この曲で表現したかった事を説明していますが、その解説が無くても、聴くだけでもうその情景が目に浮かぶような曲です。ドミニクの曲としては珍しく少し長いです。
冒頭はスローなテンポで始まります。そこから急にテンポを早めた事で、静かな山間の小さな湖からどんどん速さを増して岩の間を流れ落ちる水、というのがすごくよくわかります。この静と動のコントラストのアイデアが非常にドミニクらしいと感じます。この水は、最後は大きな川か海に出たような感じがしますね。

この曲について、ドミニクはこのように語っています。
「これが私にとってECMでの最初のレコードです。 ギター1本にパーカッションを少しだけ加えたかなりロール的なものを選びました。ギターの音とコンポジションがそれ自身を語ることができるような、あまりプロダクションのないものを作りたかったんだ。だから、ゼロから始めるには良い方法だと思いました。もし他に何かやるなら、もっと楽器を増やしたり、もっといろいろなものを入れたりして充実させることができる。しかし、これはこのレコードから始めるのに良い方法のように感じます。
『Water』という曲は、私が本当にやろうとしていることの良い例です。岩を流れ落ちる水のようなもので、左に行ったり右に行ったりするけど、どこへ行くかはわからない。それを音楽的に再現しようとしたのがこの曲なんだ。『Water』は、おそらくこのアルバム全体を最も体現している曲だと思う。 」

マイルス・ボウルズのパーカッションも流石ですね。水の流れを本当によく表現しています。彼らがこのアルバムを録音しようとした直前に、ブラジルのパーカッショニスト、ナナ・ヴァスコンセロスの訃報を聴いた、という事もあって、このアルバム全体では、エグベルト・ジスモンチと、ナナ・ヴァスコンセロスが作ったアルバム『Duas Vozes (邦題:2つの声)』(1984年)を意識しているようです。
そしてこのPVの映像も本当に素敵です。完全に1遍の映画を見た感覚になります。ドミニクはいつもこうやって歩きながら、曲のアイデアを考えたり、何かのインスピレーションの源を探しているんでしょうか。普段の彼の様子を少し垣間見れたような気がして、嬉しいですね。

■ Review-1 ■

レビュー:『Silent Light』は、ギターのアルペジオがゆっくりと繰り返され、その間に広々とした静寂が訪れる。ソフトなパーカッションが聴こえるのは、1曲目の「What You Didn’t Say」の中盤になってからだ。そして曲の最後の3分の1だけ、明確なパルスが導入され、曲はボサノヴァをほのめかしながら終わりを迎える。この曲は、冒頭の駆け引きであると同時に、目的宣言でもあるのだ。
ギタリストであり作曲家でもあるドミニク・ミラーのECMデビュー作『Silent Light』は、音と静寂、そしてそれらの間の神秘的な空間を讃えるような作品だ。素晴らしい経歴を持つセッション・プレイヤーでありサイドマンであるミラーは、スティングとの20年以上にわたるコラボレーションで最もよく知られている。しかし、このギタリストは感動を与えるためではなく、物語を語るためにいる。ゴードン・マシュー・サムナーの「Fields of Gold」以外はすべて彼の曲だ。パーカッショニストのマイルズ・ボールドが5曲に参加しているが、ほとんどソロで演奏するミラーは、言葉のない曲をじっくりと展開させ、メロディーの可能性を控えめに示唆し、物語を自分のペースで展開させていく。とはいえ、印象的なメロディーよりもテクスチャーを創りだす方が心地よく、効果的に聞こえる。
10歳まで過ごしたアルゼンチンで生まれ、アメリカで育ったミラーは、イギリスとフランスにも住んだことがあり、現在はフランスに在住している。驚くなかれ、彼の音楽ソースは多岐にわたる。注釈では、フランシス・プーランクやハイター・ヴィラ・ロボスだけでなく、バート・ヤンシュ、エグベルト・ジスモンティ、アントニオ・ラウロにも言及している。ミラーは「Baden」を偉大なブラジルのギタリスト、バーデン・パウエルに捧げているが、全体として『Silent Light』は、彼が影響を受けたすべての人へのオマージュのように演奏されていると言えるかもしれない。英国のフォーク、ブラジル音楽、クラシック音楽など、生活に根ざした要素がブレンドされ、ある種のポップ・センスによってかき混ぜられ、沈黙の中で学んだ教訓によって定義された全体的なサウンドの中に、それらは存在している。【JAZZIZ Magazine/Fernando Gonzalez

■ Review-2 ■

レビュー:ドミニク・ミラーが『Silent Light 』で、最も野心的で繊細かつ成功したアルバムを発表した。この11曲が、ベストではないにせよ、このアルゼンチン人ギタリストのキャリアの中で最も美しい章のひとつとなったのには、多くの理由がある。
一つ目は、ソロアルバム(あるいは、ミラーがマイルス・ボールドのバラバラのリズムに頼ることにしたことを考えると、準ソロ)という選択であり、これはハーモニーとメロディーを扱う楽器奏者にとって最も厳しい挑戦の一つである。2つ目は、クラシック・ギターに頼ることで、木とナイロン弦だけの結晶のような本質的なサウンドを好むことだ。3つ目は、ECMのようなレーベル、マンフレッド・アイヒャーのカスタマイズ・レーベルの庇護の下、定期的に大きな期待が集中するレーベルの下でそれを行うことを選択することである。
ミラーは、6弦への愛の原点に戻るために、エレクトリックを完全に捨てた。例えば、ブラジルのギターの巨匠バーデン・パウエルに捧げられた「Baden」では、そのサウンドの源であるラテン・アメリカン・フレーバーは、インスピレーションや影響を受けた名や姓を口にすることを恐れていない。この作品は、シンプルな形式でありながら、テクスチャー、色彩、雰囲気において非常に洗練されており、雰囲気のある曲で幕を開け、「What You Didn’ t Say 」の技術的なパフォーマンスよりもサウンドに対するミラーのこだわりが十分に反映されている。ECMの伝統的な基質に対する情熱と、電気を使わない音に対するギタリストの愛情が完璧に調和したフォーク的な要素が少しずつ加わっている: 「私はいつもアコースティックな音に共感してきた。キッチンのテーブルを囲んだり、木の足元で音楽を奏でたりできる共同体的な側面が好きなんだ。ラテン・スタイルとリズムに支配されそうになると(「Baden」「Chaos Theory」)、ドミニクはしばしばギター演奏のゼロ度に戻り、すべてを家に戻し、いくつかのセミナーで彼が語った彼自身の音についての独特の「熟考」に戻る(「Angel」「Tisane」「Valium」)。スティングへのトリビュートもあり、「Fields of Gold 」の暗めのギター・ヴァージョンがある。
ブエノスアイレス出身のギタリストの音楽に初めて接する人にもお薦めしたい、稀有な激しさと稀有な優雅さを併せ持つアルバムである。
【All About Jazz/Luca Muchetti 】